――戦爭(zhēng)の歴史に関する日本の認(rèn)識(shí)を、(1)進(jìn)歩的(2)中間的(3)右翼的――の3種類に分類してよいか。同書(shū)は「進(jìn)歩的」な歴史認(rèn)識(shí)をもつ人々との協(xié)力によるものか。
歩氏:あなたの観點(diǎn)には基本的に同意する。大勢(shì)の人にとって、自身の歴史認(rèn)識(shí)は歴史教科書(shū)から來(lái)るものであり、一部は社會(huì)や家庭での教育によるものだ。日本では、多くの人が平和を望み、戦爭(zhēng)に反対しているといえる。彼ら(日本人)も、アジアや中國(guó)を當(dāng)時(shí)侵略した戦爭(zhēng)に反対し、非難している。この點(diǎn)を十分に理解していない人が多いが、これは事実だ。しかし、彼らは通常、「日本人は戦爭(zhēng)被害者だ」という立場(chǎng)に立って當(dāng)時(shí)の戦爭(zhēng)に反対している。なぜなら、戦爭(zhēng)は日本人にも確かに苦難をもたらしたからだ。多くの日本人が戦爭(zhēng)という言葉でまず思い出すのは、広島?長(zhǎng)崎の原爆投下や東京空襲などだ。「日本人は加害者」という點(diǎn)については、認(rèn)識(shí)の淺い人が多い。これは日本の歴史教育の欠點(diǎn)であり、われわれの戦爭(zhēng)に関する歴史認(rèn)識(shí)における主な違いでもある。この問(wèn)題については、われわれはまず「進(jìn)歩的」な歴史認(rèn)識(shí)をもつ研究者と交流を進(jìn)め、彼らを通して「中間的」な認(rèn)識(shí)をもつ多數(shù)の人と意思疎通や理解を図る必要がある。この2グループとの間では、批判ではなく討論が必要だ。原爆と空襲は確かに事実だが、問(wèn)題はいかに分析し、理解するかということだ。もし日本がアジアの民衆(zhòng)にもたらした傷と災(zāi)難を十分に認(rèn)識(shí)すれば、日本人が被害をこうむるに至った原因を理解するのは難しくない。侵略戦爭(zhēng)の責(zé)任を完全に否認(rèn)する右翼については、非難しなければならず、相互理解の問(wèn)題ではない。
――日本の政府當(dāng)局は、中日両國(guó)による歴史教科書(shū)の共同研究チームを発足させることを提案している。日本のこうした提案をどう見(jiàn)るか。
栄氏:私はこのような意見(jiàn)を耳にしたことが確かにあるが、日本政府が歴史問(wèn)題に対する正しい基本認(rèn)識(shí)をもたないままでの協(xié)力について、実行可能性に疑問(wèn)を呈する。
歩氏:もし相互理解の促進(jìn)という角度から共同研究を進(jìn)めるのであれば、重要なことだと思う。しかし、一部の人が言うような、共同研究によって中國(guó)の反日教育を変えたいという立場(chǎng)は、是正が必要だ。しかし長(zhǎng)期的に見(jiàn)れば、中日両國(guó)が歴史問(wèn)題を共同研究することは、國(guó)家関係の改善という目標(biāo)に合致する。
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2005年6月10日